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zoom RSS 「安原製作所 回顧録」安原伸

<<   作成日時 : 2008/01/26 09:56   >>

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 非常におもしろい新刊。興味のある方には一読をお奨めする。

安原製作所 回顧録 安原伸 (えい文庫158) 2008年刊 680円

 技術者が近代の会社からドロップアウトし、一人でカメラ会社を興し自らの技術を製品化させるという物語は、現代のお伽話のようで心打たれる。

 カメラ好きならもちろんだが、まったくカメラについて知らなくても、おもしろく読める。むしろそういう非カメラファンのほうが得るものが多いかもしれない。フィルムカメラとはなんだったのか、そしてデジカメとはどういう存在であるのかを知ることができるから。

 さらに、カメラを生産した中国の良い点、悪い点(この二つを併せたものが特徴ということになる)が書かれており、中国社会とのつきあい方について考えさせられる。

 文が簡潔でうまいのにも舌をまいた。
 驚いたことに出版社への持ち込み原稿だそうで、内容のおもしろさはもちろん、この文出版社は評価したのだろう。




 僕はこの安原製作所が作ったカメラ「安原一式」の存在は以前から知っていた。

 バルナック型ライカのレンズ(スクリューマウント)が装着できる国産マニュアル・フィルム・カメラが、20世紀末に出てきたのだから、相当な話題になったのだ。

 しかし一方で、「機械としての精度が悪い」という厳しい評価があったため購入することはなかった。

  ちょうど「クラカメ」と呼ばれた古い機械式カメラのブームの後の時期で、前後して信州のレンズメーカー、コシナが同じコンセプトのカメラを作りはじめた。

 僕は安原製作所もコシナ同様にカメラの部品を作っていた中小企業で、ブームを当て込んで安原一式というカメラを拙速(失礼)で作ったのだろうと考えていた。

 ところが、この本を読んで、この想像はかなり間違っていることがわかった。

 まず安原製作所の社員は一人しかいない。著者の安原伸さんだけ。社長兼技術者。

 コンタックスという優れたカメラを作っていた京セラの技術者だった人で僕より若い。

 バブル後の1990年代末期、フィルムカメラが技術的に煮詰まり迷走した時期に思うところあり京セラを退社。
 夢でしかなかった一人だけのカメラ作りが、縁やタイミングで現実のものとなっていく---ここがこの本の物語の白眉。

 作ったのが古式なライカタイプのカメラだったというのは、撮影する楽しみをユーザーに与えたいというのはもちろんだが、一人で設計するカメラとしてはこれを出発点にするしかないという事情もあった。そして実際に製品発表後は驚くほどのオーダーが舞い込む。

 だが、このドリーム・ストーリーは頓挫する。

 結果だけを見れば当たり前だが、一人でカメラを設計し、それを中国の工場で作らせ、しかも商売として販売するというのは、夢の前に無理なのだ。

 機械としての精度が悪い=まともなカメラとは言えない、というのは著者もはっきりと認めている。その責任を単に中国の工場に転嫁もしていない。

 そんな製品でも一度は夢を共有したいとお金を投じるカメラ・ファンは多かったが、二度は買わないだろう。

 さらにデジタルカメラの長所を分析し、もはや一般消費者にとってフィルム・カメラの利点はないと判断し、会社を清算する。

 おそらくは偏屈な技術者だと思う(違っていたら失礼)。しかし、簡潔な文体はすがすがしく、小さな感動を抱いて読み終えた。

 最後の三行を抜き出しておく。

安原製作所は最後に生まれたカメラメーカーだ。小さな花だった。花屋で売っているような立派なものではないかもしれないが、花は花だ。

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