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zoom RSS 叔父の葬儀

<<   作成日時 : 2008/02/10 12:40   >>

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 先週の土曜日、昼から球を撞き、その後飲み会に。球談義に花が咲いていたときに、叔父が亡くなったという連絡を受けた。

 叔父は一昨年脳内出血で倒れたまま意識がなかった。
 医者からは、この冬は無理ですと一昨年言われ、去年は夏を越せないでしょうと言われたから長くもったほうだろう。

 叔父は小学生の頃、脊椎カリエスに冒された。戦前の頃の話で医療も充分ではなかったのだろう、殆ど寝たきりの人生を送った。
 そういう彼にとって弟の子である僕は実息のように思えたのだろう。一緒に暮らしていたこともあり、僕を大変にかわいがった。

 今から思えば脳天気な人だった。頭脳は優秀で本を多読し、絵の才能があって版画家を自称していた。
 しかし実際は障害者年金、そして弟(僕の父だ)の働きで生活していたわけだ。

 ところが自分のハンディキャップの裏返しなのか、実生活者を蔑むところがある。弟について「あれは趣味を持たない愚物だ」などと、その息子の僕に平然と告げる。

 悪いことに僕はそれを真に受けて成長した。

 芸術を理解し、趣味に没頭し、人生を楽しむことがなにより大切で、仕事は生活の糊代を得るための「しないですむのなら、そのほうがいい」ものだという人間になってしまった。
 自分の性格の言い訳になったが、極道ぶりでは僕はこの叔父の強い影響にあったということだ。

 翌日から二日間、会社を休んで愛知に帰省した。東京は雪が降っており礼服を抱えて傘を差すのが面倒で登山用のヤッケを羽織りフードを上げて雪をよけた。



 葬儀の間、ずっと叔父の為したことや趣味について考えていた。

 画業については相当な才分があったと思う。僕も絵を教わったが、ついにその片鱗も学び取ることはできなかった。
 数々の作品を残したが、僕が感銘を受けたのは、若い頃ベッドの中で描き上げた漫画だ。初期の手塚治虫の影響を受けたものだが、僕が驚いたのは長編ながらちゃんとエンディングまで仕上げていたこと。漫画家になろうという夢はなかった筈で、単なる手すさびとして取り組んだと思うのだが最後まで描き上げるというのは並大抵のものではない。

 学校に行けなかった代わりに語学をはじめ相当な勉強はしていた。しかし積み上げた本(木造の家はそれで傾き改築を余儀なくされた)については、一部を除き俗物趣味だった。正統な教育を受けていないがゆえに、実は表層的な教養主義に終わったのだと思う。

 音楽についても若い頃はクラシックを聴いておりわかった風なことを言っていたが、その嗜好はくだらないものだった。

 決定的に欠如していたのは味覚で、寝たきりで外食の機会が少ないせいか、およそうまいものを味わう感覚に欠けていた。
 納豆をねらずに食う癖があり閉口した。その理由を質すと「糸を引くのが嫌だ」と言う。これは馬鹿と表現してもいいだろう。


 遺影は僕が一昨年の正月に撮った写真だった。遺影のための写真を求められ何枚かを父たちが用意したなかで「これは良い写真ですね」と葬儀社の人が褒めていたそうだ。

 葬儀の後で父母が僕に写真を撮ってほしいと言った。近年に死ねばそれを遺影にするつもりだろう。

 

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